〜日々日常。それは流るる空模様。
          人生晴れたり曇ったり。〜
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ツアー報告その9。〜旅はつづく〜
サファイア


1年ぶりに潜るというのは、正直少しだけ勇気がいる。

何か大事な感覚が抜け落ちているようで、不安なのだ。

その何か大事な感覚が結局戻ることなくまた日常に戻ってしまうと、不完全燃焼した部分が体に溜っていくような感じだ。

1年も非日常から遠ざかり海にも山にも川にも行かず、都会の自宅近辺の安全圏ばかりをちょろちょろしていると、なにかが萎えるようだ。

決して「刺激を求めて」いるわけではなく、どっちかというと「危険回避」をモットーに生きている。それでもうっかり首を突っ込んでしまった危険、いやおうなくやってこられた危険などしょっちゅうあるが深く悩みつつも、取り返しのつかない結果に至ったことは未だかつてない。

それはもともとの「危険回避」「危機管理能力」のレベルが高いからだと思う。

だって私は恐がりなのだ。

恐がりのくせに完遂主義なので、一度思い立ったことに関しては「危険回避」と「好奇心」を天秤にかけてしまう。大概、好奇心の方が勝つ。

「危険回避」の人生をずっと送っていれば、なかったであろう失敗や、悲しみや、後悔は諸々あれど、「好奇心」の勝った人生の方が楽しいと信じている。

そして「恐がり」というのは神様が与えてくれたブレーキのようなもので、私にこれがなかったら、「好奇心」だけがいつも先に立ち、なにも考えず、悩まず、自分を取り巻くものに対して、豊かな想像を膨らまして生きる、なんてことはまずなかったと思う。

さて先に書いた、萎えてしまったものとは何なのだろう。

中学に上がった息子の学校では、毎年夏休みに伝統行事である遠泳大会が開かれる。その完泳を目指して今年も3泊4日の合宿が行われた。泳ぎが苦手な子も得意な子も入り乱れて房総湾遠泳に挑むのである。

その日がせめてべた凪であるように祈って送り出したが、悪い予感は的中、台風が発生してしまった。その余波で海は荒れ、こんな中遠泳は無理だったとしょんぼり帰ってくるかと思ったら、なんと遠泳大会は決行されたという。

三角波が立つ中、どっぷどぷの海をしこたま水を飲みながら、息子たちは完泳して帰ってきた。真っ黒逆パンダになって、おまけに砂じょりじょりになったエナメルバックを引きずって、帰ってきた早々そのときの様子を実況さながらに興奮気味で話す息子。

私はその機関銃掃射を浴びながら、まぁよく無事で帰ってきたもんだという思いと、よくやったという思い、そしてなにか胸の奥の方から突き上がってくるようなものを感じていた。

あの、自然から受ける「死ぬんじゃないか」と思うほどの「怖さ」。どうしようもなく打ち勝てないものの前になんと自分は小さく一瞬でかき消えてしまう存在なのかと思い知る感じ。しかしなんとか乗り切ってゴールに辿り着いた時の高揚感、そしてそこまでの道程を改めて振り返ってみたときの、恐怖、そして畏敬。

息子が今体験し感じてきたことは、すべて私に跳ね返ってきた。


「恐れ」が「畏れ」に、そして「謙虚」に「感謝」になっていったあの頃の感情が
スパークするように頭の中を駆け巡った。

デバンマチ


そうだ。

初めて海に出た時の、あの気持ち。
初めて海の中で目を開き、眼前に広がる水中世界に唖然としたあのときの、気持ち。
どんどん海に惹かれ、何度も何度も石垣島に通ったあのときの、気持ち。

私には1ダイブ1ダイブが宝物だった。

今でもそのすべての一瞬をこんなに鮮明に思い出すことができるのに。

そのことを私は、自ら忘れようとしていたのだ。

なのに、負の思いだけが念となって彷徨い、感動で満たされていた心を気付かぬうちに汚染し、真っ黒になった水が自分を満たしていた。


あのとき感じた煌めくような思い。
それがいったい何に取って代わるというのだろうか。



自分がどん底だったとき、救ってくれたのが海と空だったとしたら。

顔をあげることができぬまま、絶望していた日々から海と空の存在を知ることで
その淵から這い上がることができたのだとしたら。


あそこに行こう。あの光り輝くところまで。


その光だけを求めて、私は精一杯に手を伸ばし、そしてなんとかここまで来れたのではなかったか。




本当は今も少しだけ切ない。
あの頃芽生えた感情を思い出すたびに。


それはスパークする海と、突き抜けていく蒼い空とが相まって


どこまでもどこまでも遠く


どこまでもどこまでも深く



どこまでもどこまでも、切なくなるのだ。


アオゾラヌケル




>>日常回想録を読んで下さっているみなさまへ

何か思うところあって書き始めた回想録も今日で5年目になり、此処へ来てやっとその「何か」を書き終えたような気がしています。少しホッとしています。

ここ数年ほどは、ゆっくりポツポツと写真を撮ってきました。
デジカメはともかく、アナログ一眼で撮っていたものは、これまでブログにアップする知恵がありませんでした。ではそのためにも、すわ、デジタル一眼かというとそういうわけにもいきません。でも最近それは工夫次第でどうにかなるものだと気付き、自分のうちのオールインワンプリンタでポジフィルムを一枚一枚コツコツとスキャンして、デジタルデータにしています。となるとアナログ写真でありながら、加工や文字入れも可能で、なんだか楽しく作業しています。

次は何処へ行こうか今はまだわかりませんが、これから向かって行くとすれば、それは写真とともに見つめるなにか、かもしれません。毎日物事を真摯に受け止める姿勢は崩さずに、今までのようにコツコツ模索していくつもりです。見つめていくものは変わりません。そしてそこからまた、新しく思うところが見つかるかもしれません。

「日常回想web録」「新。日常回想web録」にコメントをくださってるみなさま、そして丸4年ものあいだ読み次いでくださっているみなさま、本当に本当にありがとう。

これからもどうぞひっそりと応援してください。

                                
                                 カンシャノココロ 


11:05 ダイビング comments(0)
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