〜日々日常。それは流るる空模様。
          人生晴れたり曇ったり。〜
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悪食連鎖。
うちのネムノキは汗をかく。

去年の秋、さる理由でストレス発散的衝動買いをしてしまったのが、ネムノキだ。
見上げるほど大きく、リビングに置いている今、天井につっかえている。

夜になると、その葉は全部閉じ、朝になるとまた開く。

ネムノキはさながら巨大オジギソウのようだ。
そんな植物だとは買ってから初めて知ったので、最初の晩は「家に来た日の夜にもう枯れたよこの樹は!」とびっくりしたもんだ。

しかしよくよくこの樹の名前を考えてみると、これはもうお辞儀なんてもんじゃなく、その名の通り眠ってる、ネムノキというのは、正しい。

そんなネムノキが最近ちょっと問題児だ。

樹液を振りまくのである。

それもワサワサと茂った葉っぱから、ほとんどくまなく四方八方に、霧状に。
床の拭き掃除をしながら、樹液というのは私の思いこみかもしれないと思ったが、やはりそれはベタベタとしている。そして今日、やっぱりそれは樹液なんだとわかった。

中2のチャレンジャー、息子の登場である。

「ママ。これはやっぱりどうにかしないとね。」
「そうだよなぁ〜・・部屋の中でベタベタ振りまかれるのはイヤだ〜・・・」
「ベランダに出す計画はどうなったの。」
「だって、でかすぎて一人じゃどうにも・・・」
「そういえば、たた(うちのひとのこと)とは2日くらい会ってないね。」
「車ごといないね。」
「ママ。樹液なら甘いはず。」

急に本題に話を戻す息子だ。

問題のネムノキを挟んでうだうだ話しつつ、息子はその葉っぱに付いているベタベタを指にピッと取った。そして、ペロッと舐めた。

しかしそれではあまりわからなかったらしく今度は葉っぱごとベロっと舐めた。

「甘い!やっぱりこれは樹液だね。」

”樹液を四方に振り撒きます”と花屋は明記すべきである。
ボンヤリしてそうな名前の樹のくせしてこんな事態になろうとは。
あまりのベタベタにうちの猫も寄りつかない。

それにしても。
息子のタケというのは、どうして樹液が甘いと知っているのか。

もちろんそれは、いつか山の中でなめたことがあるからなんでしょう。

ちなみに、ツツジの花とガクの境目に甘い蜜があるらしく、小学校の帰りによくそれを吸いながら帰って来ました。それは彼の春のお楽しみだったようです。

「いろいろ試してみたけど、ツツジが今のトコ一番おいしい。」
ここまでで止めておけばまだ可愛かったのだ。

しかしタケのチャレンジャー精神は止まるところを知らず、当時の歴代ペットだったハムスターのエサの味各種、カブトムシのエサ(おそらくあのゼリー状の)の味、そしてグッピーのエサの味も知っていたりする。

ということは、もちろん今家にいる猫のエサ(カリカリ)の味も当然知っているわけで。

味を知っている、ということをひょんな会話から察してきた私の身にもなってほしいが、いったいいつどこでそのブツを味見しているのか、それを追求したいとももう、思わない。

ついでに言うと、絵の具の青と赤と黄色と茶色くらいの味は威張った顔して「知っている」と小4の時に豪語した。ということは、墨汁の味とか、鉛筆の味とかくらい知らないわけがないのだった。



ああ。


あああ。


でも、私はそんなバカ息子を少しも責められない。なぜならば。

この悪食は私の過去と密接に関係があるのではないかと思うからだ。



****************************************

小学1年生のとき、私は福岡県の久留米というところに住んでいた。
そう。あのチェッカーズを産んだ街、久留米である。
小学校の上級生にはサイドボーカルのマサハル(だったっけか)がいたそうだ。
実家の商店も至近距離。・・・とこれは悪食には全然関係ない。

父の転勤で北海道から九州に戻って、小学校に入学した私だったが、だからなのかその夏の登下校はかなり苦労した。チェッカーズを産んでも、小学校までは片道45分もかかる。

涼しい北海道帰りの幼い私が、自分の背中の幅より大きなランドセルを担いで、夏休み前の九州の炎天下を45分もかけて学校から帰る・・・。考えただけでも不憫だ。

その日は休み前の短縮授業で、給食なしで帰途に着いた。

これがいけない。

空腹の子供を野に放てばいったいどうなる。
スイカやメロンの一つや二つ無くなるのは目に見えているではないか。

しかし、このときはどんなにギョロギョロしてもスイカ畑もメロン畑もない。

ギラギラと照りつける容赦ない太陽。陽炎がたち、そこかしこ逃げ水だらけだ。

「の、の、喉がかわいたよぉぉ〜〜・・」

目が潤む。道も歪んで見える。

今この時代に小学生をやれてたら、

「めちゃ暑いよ〜ん☆ ママお迎えおねがい(^_^)v」

などとメールでも打ちゃいいんだろう。
チッ!ケータイも10円玉すら持ってないんだよっ!

ひたすら一人でどうにかして帰るしかない。そのときだった。

私の目の前にサラサラと流れる清流が現れた。
その水底には淡く透き通った水草が揺れている。

その小川ほどもない,小さな清流。私はオアシスに辿り着いたキリンのように
こうべを低く垂れ、その、清流を両手にすくうと、クッと飲み干した。


「おいしいなあ!なんておいしいんだろう!!」


私は2度、3度、すくってはその手からあふれる水を飲み干した。



そして、その晩。私は原因不明の高熱を出す。


首をかしげる母親。風邪の症状もなく、ただただ高熱を出してゼーゼー言っている娘を前になにもできないことは、さぞ辛く悲しいことだろう。

次の日、私は学校を休み朝から病院に連れて行かれた。
しかし学校を休んだからと言って、病院の方向は学校の方向とさして変わらないのだから、ランドセルを背負っていないだけだ。その道を歩いて病院に行く。

高熱だろうがなんだろうが、病院に行くときも歩きなのは、母親の自転車嫌いによるところが大きい。運転免許も当時は持っていないので、母と一緒の時はいつも完全歩きだ。

あたりまえのように高熱のまんま歩いていると、昨日の清流あたりにさしかかった。美味しかったその水のことを思い出し、私は前を歩く母に、威張って言った。


「おかあさーん。ここのみずおいしかとよ〜!」


母はその時のことをもう覚えてはいないだろう。意図的に自身の記憶から抹殺したのかもしれないが。でも私はそのときの母の姿を今でもはっきりと覚えている。

母は卒倒寸前だった。

「こ、こ、こ、ここの水ば飲んだとねぇっ!?」

私が信じて疑わなかったその小川よりも小さき清流。


それはドブだった。


行き着く先が、小汚いとは言え地元の川なので、本気のドブとは言わないまでも,要するに生活排水を流すミゾ。私が見たと思った碧き水草それは一夜で枯れてしまったかのように、ドブによくある揺れるヘドロにその姿を変えていた。



「き、きこちゃんは〜〜〜〜っっ!!!!もぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っっ!!!!」



母のぶつけどころのない怒りは、地団駄とともに叫びとなって通学路にこだました。


大人になって、子を持った今、つくづく思うことがある。
それは、空腹の子供を野に放してはいけない、ということだ。

しかし、そんなサバイバルを経ても、こうして私は元気に生きてるから、子どもってのは、ほんとにものすごい浄化作用を持った存在なんだな。


で、その子はタケになるわけですが、空腹で野に放ったつもりはないが、親の知らないところで悪食の連鎖は健在だった、というわけです。
02:43 ひげのつれづれ comments(6)
comment
++☆くんへ

息子の悪食連鎖は止まるところを知らず、最近ふともらした新事実は

「小学校のときドングリを虫眼鏡で焼いて食った」ということでした。

・・・・・・・


息子がリスだったとは、知りませんでした。



ネムノキに似た植物が、沖縄にも自生していたのには驚いた。
ボーッとしてて、暑さにも寒さにも弱そうなんだけど。
だから街路樹でもオッケなんだね〜。

屋外で育てる分には、丈夫でおしゃれでいいってことかな。
樹液は要注意だけど。


(随分前の文なのに、コメントありがとね♪)

hige* 2008/09/30 00:57
今更ですけれど…
ネムノキってそんな迷惑なやつだったんですねえ。
花が綺麗だから、知りもしませんでした。
江津湖の堤防沿いの街路樹になってましたが。
いまもあるんでしょうかね。

ただ…
ツツジの花の蜜と、樹液とは違うんでは…
☆ 2008/09/30 00:15
chakoちゃんへ

なんとchakoちゃんちも。それも親子で!!
こういうことも親の知らないうちに、遺伝しとるんやろねぇ・・。






kimi 2008/05/23 01:07
markbassさんへ

おいでませ〜。お一人様?
kimi 2008/05/23 00:45
さすがです!
でもツツジはうちの娘も嬉しそうにしゃぶってます。
私も子供の頃大好きでしたが、吸ったら蟻も一緒に口の中に入ってきて、それから止めました。
chako 2008/05/21 09:17
都会で、そのようなサバイバルが体験できるって、いったい....

6/13日付近、多分東京に居るんだけど......
MarkBass 2008/05/21 04:45

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